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コンビニに面した大通りを数百メートルも歩くと、道を曲がって裏小路に入った。時間も遅いため、人通りは全くなく、先ほどの駅前の喧騒に比べれば、そこはまるで違う街のようだった。道幅は車二台分ほど。街灯のおかげで道はまだ明るい。しかし、電柱から覗く僅かな陰が、彼女を安心させてはくれないだろう。百メートルを歩き、その間にため息をまた三度つき、民家と民家の間にある、道とはとても形容できない小径に入った。舗装はされているが、両側をコンクリート塀に挟まれ、暗くて終わりは見えない。税金によって設置された街灯は無く、誰かが厚意で取り付けたのであろう蛍光灯があるだけだ。
日頃はここでなく、この先のもう少し大きな道を通るのだが、今日はあの失敗により、見るからに疲労困憊だ。少しでも早く帰って休みたいのだろう。
微かな光量で庇えない場所では、闇が容赦なく彼女を飲み込む。それでも彼女は少しでも早く抜けたいのか、携帯のライトも使わず、一心不乱に進んだ。
実際は二百メートルも進んでいないはずなのに、その倍以上の距離を歩いたような虚偽の感覚に襲われた。
軽く息を切らしながら、小径を抜ける。そこはいつも通っている道。街灯もあって、今の径とのギャップで、その明るさが際立つ。近道したお陰で、いつもより五分ほど早くマンションを視界に捉えた。
走りこそしないが、昨日とは違う足並みでマンションまでを一息で歩いた。ロビーに入り、数分後、部屋に灯りがともった。
ボクはそれを見て携帯電話を取り出し、とある場所に電話をかけた。
着信音が聞こえ、ややあってから受話器が握られる。
「やあ、おかえり。今日もおつかれさま」
ひぃっ、という小さな悲鳴とガシャンという音、そして、彼女の嗚咽が遠くから聞こえてきた。
両手で顔面を押さえ、啜り泣いているのだろう。
アア、愛おしい。
その声も、妄想でしかない脳内のこの姿でさえも、全てがボクの胸中にただならぬ感情を齎す。
これだから、やめられない。
ボクは明日からも、見つからないように彼女を『観察』する。
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