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午後十一時。
朝とは違う理由で肩を落とす人々が駅構内を闊歩する中、須藤恵は、やはり重い足を引きずるように歩いていた。
新生活にも仕事にもいよいよ慣れてきて、これからという時に、大きなミスを犯してしまった。幸い、先方に謝罪するという形でなんとか収まってくれたが、ミスをしたという事実が実直な彼女にはただただショックだった。その心理状態による集中力の低下とミスの後始末とで、帰宅がいつもより三時間以上伸びてしまった。
彼女の職場は、一人暮らししているアパートから電車に十二駅乗った、それなりの都会に位置する。つまり、毎日この間を往復しているのだが、今日ほどこの移動が面倒な日はないだろう。普段よりも時間が遅いせいで、車内で座れたのがせめてもの救いだろうか。
降車し、駅から出た。駅前なので、小高いビルがちらほらと建っている。しかし、一緒に駅から降りた人達以外、人は見当たらない。この地域で一番大きな道路の脇にあるコンビニで、おにぎりを数個購入する。余裕があるときは自炊もするのだが、ここ一週間はもっぱら中食に頼っている。忙しかったのだろう、ミスも恐らくそのせいだ。
自転車なんかは持っていないため、ここから自宅までの約一キロは徒歩だ。
彼女の身長は百六十センチ、歩幅も身長に対しては至極一般的な六十センチだ。ボブカットの髪と主張の激しくない胸部を携えて歩くその姿は、まるで恋愛小説のヒロインのよう。
社内での人気もなかなかに高いようで、彼女に言い寄る男は少なくない……。
今回のミスを見逃されたのは、ひょっとするとそんな下心の介入があったからかもしれない。
また一つ大きなため息をつき、家路につく。電車に座った辺りから、ため息の回数が増えている。今ので六十三回を数えた。
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