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「ただの散歩……です。それじゃあ」
私はすぐにその場を離れようとしたが、背中で聞いたイェンの言葉に足がぴたりと止まった。
「君の持ってるそれ、紙媒体の古典小説だよね? すごく珍しい」
そういってカバンから何かを取り出し、私に差し出した。
『夏夜の恋人たち』
それって、私の大好きな小説! 真夜中の徘徊癖ができたのはこの小説を読んでからだ。それと私の人生における大事な趣向も定まったのだ。
「嘘……私もそれ持ってる。お気に入りなんだ」
「じゃあ、君も。情熱が溢れる夏に焦がれているのかい?」
「勿論!」
「実は、それを実現しようとしているんだ」
「どうやって?」
「この28区だけラームの制御を書き換える。なに、反作用効果を50%に抑止する程度のことさ」
なんと……イェンと私の利害は一致した。イェンは東京の大学生で、しかもナノテク工学の研究実績で有名な大学だった。
私は教科書で読んだかつての風物詩、『熱帯夜』というものを再現したかった。
私は夜空の下でじっとりと汗ばんで小説のような『少しだけマイノリティ』な恋をしてみたいだけ。これってどう考えても運命なんじゃないの?
「どうやってやるの?」
「ラームを書き換えるナノボットを撒くだけさ」
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