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何も知らない大志がいて、僕がいて、大志の馬鹿話に付き合いながら屋上で煙草を吸うこの関係に、居心地の悪さはなかった。
だけど、そんな何も知らない大志の『何も知らないところ』に腹を立ててしまった。
家族のことは口にしないようにしていたが、一度その禁を破ると、飽和していた言葉が一気に溢れ出した。
「こんなこと言われても困るだろ?でも本当なんだ。この高校に入学する少し前、交通事故で父も母も5つ下の妹も、皆死んでしまった。僕は中学時代の友達とボーリングをしていて、その車には乗っていなかった。叔母さんから事故の知らせを受けた時、友達の一人がストライクを取ってさ。急な知らせに何も飲め込めなかった僕は、その友達とハイタッチしていたよ。家族が死んだのに、ハイタッチだよ」
「それからは当たり前に過ぎていく時間や当たり前に生きている自分に腹が立つんだよ。家族はその当たり前を失ったっていうのに」
「当たり前を失ったのは僕もだ。大学に行って、結婚して、子供が出来て、そういった『当たり前のこれから』に、もう家族はいないんだ」
「もう僕に、他人のような当たり前の人生はないんだよ。だから嫉妬してしまう。他人の持っている当たり前に、嫉妬してしまうんだ」
「大志には分からないと思う」
相変わらず空は青かった。憎たらしいほどに、当たり前に青かった。
そんな空を見ているのが嫌になって、僕はジッポを取り出した。先程まで簡単についていた火が中々つかず、七回八回とホイールを回してようやく煙草に火をつけることができた。
その間、大志は何も言わずにずっと僕を見つめていた。
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