群青色の蝶

1/1
前へ
/10ページ
次へ

群青色の蝶

「……あ。花火!」 『アヤ』が縁側からぴょこんと飛び降りた。  星を眺める時間は終わってしまったようで。  すでに花火の小さな明かりがパチパチと音を立てながら辺りを照らしていた。 「手当てしてくれてありがとう」  こちらを振り返り、律儀に頭を下げてお礼を言う。 「………………」  一瞬、間が空いたのち、ぱっと顔を上げた。 「ね、花火、やろうよ」  取りに行ってくるね、と言って花火を取りに行ってしまった。  足が痛いくせに。  無理してるくせに。  本当、呆れる。  もう少し星が見たかった僕は天を仰いだが、夜空は花火の白い煙に覆われ、小さな星は見えなくなっていた。 「はい、これ」  遠藤くんの分の、と花火を手渡される。  仕方なく火を付け、花火の光を見つめる。  流れ星のような光はパチパチという音ともに、程なくして消えてなくなってしまう。  横を見ると『アヤ』が花火の刹那的な光に照らし出されていた。 「綺麗だね」  と、こちらに笑顔を向ける。  天然なのか、計算なのか。  浴衣で微笑む彼女が華やかに見える。  僕が急がせたせいで鼻緒擦れを起こしたのだから、恨み言のひとつでも言っても良さそうなものだが。  彼女は一言も口にしなかった。  もしかしたら。  いい子、なのかもしれない。  浴衣に草履で山道を登るなんて、と最初は馬鹿にしていたのだが。  足が痛むのに頑張って山道を歩き続けた彼女に、いつしか心動かされていた。 「……名前」 「え……?」  彼女が驚いたようにこちらを見る。 「だから……名前、聞いてない」  今更だけど。  ちゃんと彼女と向き合おうと思った。  まずは『名前を知る』ところからだ。 「彩華だよ。紺野彩華」 『コンノ アヤカ』--。 「花火、もうちょっと持ってくるね」  そう言って立ち上がり、くるりと袖をはためかせた姿は。  まるで群青色の蝶のようだった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加