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天体観測
境内に着いた頃には既に太陽が落ちていた。
辺りは暗闇に染まっている。
望遠鏡の組み立てと設置、星座盤の配布も先生と渡辺で済ませたようで、既にグループに分かれて観測していた。
「彩! こっち!」
篠原が彼女に向かって手を振ってる。
『アヤ』-ー。
それまで彼女の名前を聞いていなかったことに、今頃になって初めて気付く。
「遅くなってごめんね」
するりと手を離し--そういえば手を引いて歩いていたままだった--彼女が篠原に向かって歩いていく。
赤い帯の後ろ姿に気を取られ、妙な歩き方をしていることに気付かぬままに。
ふと空を見上げると、頭上には満天の星が広がっていた。
明かりがない分、夜空の小さな星まで見える。
山の上の青龍寺の周りには住宅もなく、境内から下を臨めば眼下には彩り鮮やかな街の明かりが宝石箱のように散りばめられていた。
冬の夜空の方が空気が澄んでいて、星が綺麗に見えるのだが。
夏の星座は輝きの強い星が多く、明かりの少ないところなら肉眼でも沢山の星が確認出来る。
しばし夜空に魅入っていると、篠原の声に現実に引き戻された。
「彩! どうしたの?」
声のする方へ向かう。
「……ちょっと頑張っちゃった、かな」
しゃがんだ篠原の膝に『アヤ』が足の乗せていた。
覗き込むと、足の親指と人差し指の間の皮がめくれて赤くなっていた。
鼻緒で擦れたのだろう。
--あの後ろ姿……。
心当たりがあった。
足を引き摺るような、妙な歩き方。
僕が手を引いて山道を急がせたから--。
いや。
遅れ始めたあの時にはもう、痛みで歩けなかったのか--。
「失礼」
女性の抱え方なんて知らない。
帯のところで持ち上げると、小柄な彼女はひょいと持ち上がったので肩に担いで寺の縁側へ運んだ。
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