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ギギギィ
錆びた音を立ててゆっくりと開く扉。
生温い風が頬を撫でた。
目の前は闇に包まれている。さっきまで明るい場所にいた僕の目はまだ暗闇に慣れていない。
「…?」
目を細めながらフェンスに近付く。
誰かがいるようだ。フェンスの向こう側には黒い影がゆらりと揺れる。
「ちょ、何してるですか!」
近くに来てその影の正体がわかった。
それは、フェンスの奥の少しのスペースに立っている女性の姿。
格好を見る限りまだ若い。
左手でフェンスを持っているものの、右手は行き場もなくぷらぷらと彷徨っている。
「こんばんは」
女性は僕を一瞥すると、軽く頭を下げた。
「危ないですよ、そこは」
「分かってますよ」
可笑しそうに笑った。
まあ、そうだろう。危ないことは身をもって感じているはずだ。
妙な胸騒ぎがする。
自殺志願者か?女性は僕に怯える様子も何かに悲しんでいる様子もない。
“こっちに来ないで!”なんて自殺直前の決まり文句もない。僕が少し近付いても女性は夜の街を見下ろすだけだった。
「自殺、ですか?」
「…はい」
女性は少しの間のあと丁寧に返事をした。
よく見ると、何処かで見たことのあるような顔だ。同じマンションの住人だろうか。
「私、今から死ぬんです」
やけに落ち着いたその言葉はすんなりと僕の耳に入って来た。
僕も落ち着いていた。
「どうしてですか?」
初めて自殺志願者を前にした僕の気持ちは静かに高揚していた。この異様な状況に好奇心が掻き立てられたのか、一切の恐怖心はもう消えている。
真夜中の不気味な雰囲気はより一層女性を魅力的にみせていた。
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