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「浮気されてたんです、っというか私が浮気相手でした」
恋愛のもつれで自殺、か。
よくあるシチュエーションだなと思いつつ、彼女の話を聞くことにした。
「二年間も騙されてるなんて思いませんでした。 彼は私を求めてくれた、愛してくれていた。そう思っていました」
死に際に立つものは感情さえも無くしてしまうのだろうか? 真っ黒で真っ暗な空を見上げ女性は淡々と語った。
「必要とされない今、私は生きていたいと思わなくなりました」
「それで死のうと?」
「はい」
覚悟が決まっているのか、その態度は余裕があるようにさえ見えた。
一筋の冷や汗が背中を伝う。
早く動く鼓動、僕は興奮をしていた。
「死ぬの怖くないですか?」
「生きている方が怖いです」
こんな事で死ぬなんて、相当追い詰められているのか 女性の価値観や考え方は僕には到底理解出来ない。
ここに居合わせた以上僕は自殺を止めるべきなのだろうか?
だが、僕の胸中には人間として真っ当な考えに隠れ、人が死ぬ瞬間をみてたいという下心が存在していた。
「あの月が雲に隠れたら私はここを飛びます」
女性の指差す方には少し雲に覆われた満月。夜風のせいで少しずつ確実に黒い雲は位置を変え月を覆っていく。
「本当に、飛ぶんですか?」
刻一刻と近付くその瞬間に僕の鼓動はあり得ないほど早く動いていた。
一種の楽しささえ感じるほど。
僕は真夜中の空気に飲み込まれていたのだ。
僕の問いかけのあと少しの沈黙を作った女性はもう半分雲に覆われた月を見ながらこう言った。
「私に生きていてほしいですか?」
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