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焼き芋屋の歌
「い~~しやいきも~~おいも♪」
真夜中、何処か懐かしさを感じるリズムの歌が、アパートの一室の外から聞こえてきた。
肌寒い季節になってくると、たまに車でこの辺りを通る。それを聞くと、私の心はいつも、ふと童心に還るのだ。
「たまには買ってみようかな」
私はいつも、日常的にアパートの前を通るだけの存在に、いつの間にか心を惹かれていた。そういえば、いつも歌を聴くだけで実際には買ったことも無く、この目で買ってる人をみたこともない。さらに、歌を聴くだけでこの肉眼でその車さえあまり見たことがないのだ。
私はまるでファンタジーやアニメの中だけの存在に思えてくる、その焼き芋屋をしっかりとこの目でみて買いたくなってきたのだ。
私は机の上に置いてあった薄い財布を無造作にポケットにいれてアパートの外に出た。
しかし、外にでたのは良いものの、肝心の焼き芋屋は見当たらない。辺りをきょろきょろ見渡しても何処にも焼き芋屋など存在しないではないではないか。もしかしたら、もう私の家の前を通りすぎて、もう何処か遠くに行ってしまったんじゃないかと思ったその時だった。
「い~~しやきいも~~おいも♪」
確かに聴こえた。その軽快なリズムと独特の歌は焼き芋屋しか存在しないだろう。もはや、焼き芋以外を売っていたら詐欺である。
その歌は案外近くから聴こえ、家の前を少し過ぎ去ってはいたが、全く遠くには行っていない様だった。
「ここまで来たら買うしかあるまい!」
私はその聴こえてくる歌を頼りに焼き芋屋を探した。どんどん近づいていくにつれて歌が大きく聴こえてくる。その歌が大きくなるにつれて私の胸の高鳴りも次第に強くなっていく。
もうすぐ、もうすぐだ! すぐそこの曲がり角を曲がれば焼き芋屋があるはず――
私は曲がり角を曲がるや否や、焼き芋屋を目で視認する前にその声の方へ大声で叫んだ。
「すみません! 焼き芋ください!」
私はそう言い終わった後、ついに焼き芋屋をこの目で捉えた。
しかし、奇妙なことにそこには焼き芋屋は存在しなかった。いや、焼き芋屋はそこには居なかったのだが、私が追っていたものはそこに居たのだ。
私が追っていた焼き芋屋の正体。私の目の前にいるモノ。
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