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その日の夜は、月を隠す暗雲が立ち込めていた。
なんだか……心の奥底がもやもやする。
嫌な予感は当たるもので、庭をカーテンの隙間から見下ろすと、若い二人は喧嘩をしていた。
村娘は泣きじゃくりながら、男の胸元を叩いている。
男は困った様子で胸を貸しているだけで、されるがままに立ち尽くしている。
女の扱いに戸惑っているようだ。
喧嘩の原因はわからないが、些細なものだろう。実は二人はこんな喧嘩を何回か繰り返している。
いつも思うのだが、こういう時の男は頼りない。
おろおろするくらいなら、何でもいいから彼女のご機嫌を取るべきだ。
この年になってわかったのだが、女は明確な答えなんて求めない。
「君の言いたいことはわかるよ」
「辛い思いをさせてごめん」
「でも君のことを心から愛している」
そんなセリフをちょっと甘めな声色で吐きながら抱きしめればよいのだ。
彼女だってこの恋が刹那だとわかっている。
彼女は安心したいだけなのだ。不安で持っていきどころがない心の叫びを受け止めてほしいだけ。だから上っ面な甘言でも優しく呟いてやれば、それでいい。
……と、まあ、今なら偉そうに言えるのだが……。
私だって最初の頃はそんな女心の機微に疎かった。だから、あの若い男の困惑した気持ちは痛いほどわかる。あの男だって場数を踏めば、適当なあしらい方が身についてくるだろう。
共感と同情が入り交じった気持ちで、その夜はカーテンを閉めた。
なに、若い二人のことだ。明日は仲良くまた手を繋いでバラ園に座っているだろう。
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