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不思議と痛みはなかった。
ただ灼熱に焦がれる感覚と流れ出る生温かい液体が傷口から溢れ、その度に背筋を這う冷たさと真っ黒な空虚感が少年を蝕み、漠然とした恐怖が意識を支配していく。
きっと、この瞼を閉じれば二度と開けない深い昏りに就くだろう。
そのことだけは、死を知らぬ幼子にも理解できた。
「ごめんね、悠……」
そんな絶望の広がる世界で、少年の耳元に小さくか弱い、詫び言が落ちた。
その声に少年は聴き覚えがあった。
大事で、大切で、大好きな人の声だと知って。
知りたくて、聴きたくて、遠のきそうな耳を必死に凝らし、拾い続けた。
「あなたは……あなただけには、生きてほしいから……」
優しくて風に消えてしまいそうな声は、この人らしくなかった。
いつも陽気で元気で、屈託のない憎たらしさで、たまに意地悪でズルくて、素直なようでちょっと捻くれてて、だけど優しくて頑張り屋な、頑固な人。
そんな人の、こんなにも弱々しくて儚い、まるで泣いているかのような声は初めて聴いた。
だから少しでもその人を慰めたくて、少しでもその人に寄り添いたくて。
鉛のように重たい腕を持ち上げ、闇雲に彷徨わせた手で頬っぽい感触を探し当てた。
――泣かないで。
その人は一瞬ビクリッと怯えたように震えて、けれど次には「ありがとう……」とその手を包み込むように、握り返してくれた。
その手はやっぱり暖かくて、震えていた。
「悠……あなたが私を救って、私に教えてくれたように……今度は私があなたを救ってみせる。だってあなたにはこれからも笑って、泣いて、怒って、楽しんで、ずっと生きていてほしいから」
だから、と。
力なく横たわる少年の身を抱き寄せると、その人は草臥れた少年の首を支えて、何かで口を覆い塞いだ。
口内から鼻腔にかけて広がる甘く暖かく、鉄臭い粘液が喉にまで流れ込み、自然、ごくりっと飲み込んでしまう。
すると、――ドクンッ、と。
大きな脈動が、少年の全身を奮わせた。
「ごめんなさい」――生きて。
最後の最期まで呟かれた、懺悔と祈り。
弱々しく震えた手が、小さな少年を力強く抱き締める。
そして、口内に残る甘くて苦い、熱い愛情。
目と、耳と、身体に。
その感覚だけを残して、少年の意識は深い深い海底へと落ちていった。
――そうして世界は、一度目の終わりを迎えた。
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