序章 因果の始まり

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◇  騒然と降る五月雨の夜――。  粛々と注ぐその雨水の矢が、鎮守の森に紛れた神殿の屋根を叩く。  月の光も射さぬ社は静謐で沈黙を貫き、しかし厳然たる居住まいを放つ。  肌を刺さんばかりの冷たさと張り詰めたかのような空気は森一帯に巡らされた結界のせいか。  と、その常夜に沈む境内で、唐突に篝火が灯る。  暗闇の中、炎の灯りが真っ先に映したのは、広い拝殿に参じるひとりの少女。  一見、華奢ではあるがひ弱さを感じさせない、しなやかさと強靭さが同居した肢体で、実に端正な顔立ちをしている。  黒い法衣から伸びる手指は白く細く、どこか艶めいていて。さながら美しき名刀にも似た鋭く澄んだ居住まいを保つ。  そして何よりも目を惹くのが、頭部は白く毛先は黒い、肩口にまで伸びた稀有なモノクロの髪だ。  物珍しくも美しく靡くその白黒の髪が、ひときわ少女の異彩に磨きを掛けていた。 『――おひさしぶりデスね』  少女の向く御簾の奥から、先客の粘着質な声が上がった。男の声だ。 『一年と少しぐらいでしょうか。其の身の方はどうデス? 変わらず息災でしょうか?』 「特に変わったことは。して、用件は?」  親しみすら感じさせる先客の問いを、少女は問答無用と切り捨てた。 『相変わらずせっかちなお方デスねぇ。突然お呼び立てした我々にも非はありますが、せっかくの一年ぶりの顔合わせデス。少しは語らいませんか? 男は度胸、女は愛嬌、なんて言いマスし?』 「生憎と、そんな時代錯誤なことわざは知らないし、教訓にする気もありませんので」  それと、と少女は冷たく付け足して、 「顔合わせと言われても、こう視覚阻害の結界を使われては一方的な解釈かと」  御簾もそうだが、少女の見据える視線の奥にはいつも決まって視覚を阻害する結界が張られている。故に詳しい全貌は把握しきれない。  僅かな気配から察するにおそらく三人ほどだろうが、一方的に観察されるのは存外、気色の悪いものだ。  瞑目する少女のふんだんに嫌味を練り込んだ指摘に、また先客の男がおどける。
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