誘われた夜

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誘われた夜

終わりは呆気のないものだった。 暗い部屋の中で、何時間も同じ場所に座って月を眺めていた。 月の光は、黒雲に遮られている。 あと、どれくらいだろう? 黒雲が横に流れていって、月の光が解放されるのは、 「___ッ!! 」 突然、女の切羽詰まった声が屋敷中に響いた。 今の甲高い声は、母の声だろうか。 無駄に広い屋敷で、人が声を出せば響いてすぐ分かる。 「__! __ッ!!」 父の声も聞こえてきた。 またいつものように、言い争っているのだろうか。 部屋からは出るなと厳しく言い付けられている。 なのに。 私の身体は、頭の中でかかる静止を無視して、扉のドアノブを引いた。 「いやあああっ!! 」 それは、予期せぬ出来事だった。 少し先のロビーで、何者かに斬り伏せられた母親。 白を基調とした床に、鮮やかな血が広がっていくのが目についた。 母を斬り殺したのは、虚ろな目をした刀を持つ大柄の男。 人間というには理性が感じられず、どちらかと言えば飢えきった猛獣に近かった。 「なんなんだお前! いきなり上がり込んできて!! 」 倒れた母の横には、腰を抜かして動けずにいる父がいた。 焦っているのか、呼吸が上がって興奮している。 「ああ、分かったぞ! 金だろ! 金が欲しいんだろ!? いくら欲しいんだ!? 」 「……ス…」 「なんなら娘もくれてやるぞ! どうだ!? 」 人間というのは、分からないな。 この父親という人間は、いったい何に怯えているのだろう。 「コロスッ!! 」 肉の裂ける音が響いた。 辺りに飛び散る血。 よく見れば、両親の護衛の人もそこに転がっている。 「ああなんだ、呆気ない」 たった今ここで殺された人間たちは、私という子供に散々"してきた側"だった。 だから、される側に変わることくらいどうってことないと思っていた。 でもどうやら、違ったみたい。 「血ガ……血ガホシイ!! 」 いつの間に近くまで来ていたのか。 赤く照らされた刀を、男は思いっきり振り上げている。 死への恐怖は、なかった。 される側だったからでも、人生を終えられるからでもない。 ただ、あの虚ろな目に『笑う私』が映っていたから。
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