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雲ひとつない、澄んだ藍色の空。
その空に煌々と、満月が輝く。
空を仰ぎ、月を見つめるのは、ひとりの青年。
髪は程よく乱れ、目の下にうっすらとクマが浮かぶ。両手はだらんと下り、その左手には黒いジャケットが巻き付くようにぶら下がっている。白いワイシャツはヨれてシワが目立ち、ネクタイも中途半端に緩んでいた。
しかしその瞳は、固い意思を抱くように微動だにせず、まっすぐ月に向いていた。
「大口は?電車あるか?」
声をかけられるとその瞳は途端に揺らぐ。身体もゆらりと振り返ると、青年よりか幾分か年の経たスーツ姿の男が目に入る。男は会社の出入口の鍵をかけたのち、前に停められた黒く鈍く光るミニバンに近寄った。
「あ、大丈夫です。電車はもうないですけど、歩いて行けなくはない距離なので」
大口と呼ばれた青年は淡々と答える。
「送ってくよ。家、南区だろ?」
「悪いですよ。乾さんと方向逆ですし、僕は大丈夫です」
「いや大丈夫じゃないよ。この辺り最近、野犬騒ぎがあるだろ。この時間に一人で出歩くのは駄目だ」
ピッという音と光と共に、ガチャッとミニバンの鍵が開く。
「ほら」
乾は運転席側に立ち、 大口に目線で促す。
一瞬、大口の瞳が満月に向くがすぐに戻り、大口はトボトボとミニバンに近寄っていった。
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