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再び、大口が口を開く。
「乾さん。変なこと聞くかもしれませんが…」
「なんだ?」
「乾さんは、今の仕事楽しいですか?」
その問いに、乾は苦笑する。
「何を以て楽しいって言うかは分からないけど、やりがいがあるって意味では楽しいかな」
「やりがい…」
「大変だけどな。ユーザーや営業の無茶な要望聞いたり、仕入先や製作に無茶なお願いをしたりと板挟みだけど」
しゃべりながらふと、乾は大口を一瞥する。
「もしかして、今の仕事、辛いか?」
大口はただまっすぐ前を向いていた。先程のような固い瞳ではなく、いつもの緩い視線で。
「辛くないと言えば嘘になります。でも、そんなことよりも、僕には不思議に思うことがあって」
「なんだ?」
「会社って、いわゆる会社の理念に沿う人たちが自主的に集まっているものだと思ってたのですが」
「…うん?」
乾の眉がピクリと動く。
「でも実際は、会社という囲いの中で飼われてる、畜生ばかりなんだなって」
大口の視線が、正面から左側へと移る。その固い瞳に映るのは、輝く満月。
乾は無意識に、ハンドルを握る力を強める。首を横に振り、わざとらしく息を吐くように笑う。
「…大口」
「飼われてるからこそ、時間が経つにつれて判断能力が薄れていく。幹部、上司、しきたり、前例、ただそれだけにしたがって動いていくだけ」
違和感を覚え、乾は再び大口を一瞥する。窓を見る大口の表情は、ここからでは読み取れない。
「ただ時間の流れに身を任せ、会社にさえいれば大丈夫だと油断している」
「大口」
「だから、不測の事態には対処できず、ただただ慌てるばかり」
「大口」
「ただ会社に付き従う畜生を育てるだけなら、それは企業として成立しませんよ」
「大口!」
突如、ミニバンがタイヤを擦らせながら急ブレーキをかけた。
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