月の輝く夜

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 不意に、獣の遠吠えが空に響く。  乾はハッとして窓から外を見る。見たところで、何も見えるはずはないのだが。  ガチャ、と解錠の音が響き、大口はそのまま外に出る。扉をバタリと閉めると、長く伸びた眉毛に隠れかけた固い瞳で、空に輝く満月を仰ぐ。 「おい、大口、まさかお前」  焦って乾も外に出る。乾が車体越しで大口に振り向くと同時に、大口は仰いだまま腹の底から長く吠えた。大口の遠吠えに応えるように、別の場所からも遠吠えが響く。負けないように乾も叫ぶ。 「やめろ!力のない人間を襲って何になる?むしろ善良な人たちを苦しめるだけだ!それにお前は、人間に祀られた狼の末裔…」 「だからこそです」  乾の説得を低い声で遮断する。いつの間にかその横顔は、完全な獣の様と化していた。 「これは人間に対する警告です。そして、人間ですらなくなった畜生に対する制裁だ」 「そんな」 「乾さん」  獣と化した大口の紅い瞳が、夜の闇に浮かび上がる。その紅い光に、乾の目もクワッと見開く。 「僕たちに協力しろとは言わない。この生活をやめろとも言わない。しかし、あなたにも思い出してほしいのです」 「思い出す?」  フッ、と大口の横顔が消えた。と同時に、ミニバンの正面に表れた黒い影がヘッドライトに照らされた。  四つ足で立つその影は、乾のいる方向に振り返る。 「我々は、人間に飼われてる畜生ではない。我々自身で、この世界で生きることを決めた、獣なのだと」  そう言い残し、影は路地の道なりに駆けて行った。  乾は何も応えられず、しばらく夜の闇へと紛れていくその影を、消えるまで見つめていた。  再び遠吠えが響き、乾は反応しそうになり耳を押さえた。耐えるように、顔をしかめてグッと歯を食い縛る。 「…駄目だ…!!」  乾はミニバンに乗り込む。荒く息をたてながら、シートベルトを締めてハンドルにすがるように握る。 「…俺だって…ここで生きることを決めている!!」  前方を見据え、アクセルを踏み込む。  ミニバンは、獣の駆けた方向へと進んでいった。  雲ひとつない、藍色の空。  その空に煌々と、満月が輝いていた。 ≪終≫
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