episode238 黒い羽

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いくら背後から近づいているとはいえ 僕の気配に気づかないはずないのに。 あくまで知らん顔決め込むつもりか。 肩先にふれる距離まで近づいても 征司は振り返る素振りさえ見せない。 仕方なく僕から声をかけた。 「征司……お兄様……」 その声は微かに震えて頼りなく 出来る事ならかき消してやり直したい代物だった。 僕はここでもまた無意識に 情けない被食者に成り下がろうとしていたのかもしれない。 「来たのか?」 少しの驚きもなく言って 磨き上げられた靴先がこちらを向いた。 「来ました」 そこで僕はようやく顔を上げ 惹きつけられるがまま僕を狙う捕食者と視線を重ねた。 天気雨の中。 やがて向き合って立ち尽くすのが僕たちだけになったところで。 「虹が出るかもしれないと思って。もう少し見ていたら――」 この上なく穏やかに笑うと 征司は微かに身体を折って僕と唇を重ねた。
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