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真夜中の声
目が醒めた事にも気がつかなった。
辛うじて己の身体が横たわっているらしい事は分かるが、こうして右も左も、上も下も判別がつかない状況では、どのような姿勢でいるのか確たる証拠はない。
万が一、これが立ち続けていたとしても、私は何ら不思議には思わないだろう。
こうして何も見えない状況に慣れていくと、己が重力にも鈍くなっていることに気がついた。
おまけに、痛覚も空腹感も疲労感も、尿意ですらも奪われてしまっていた。
己の身体に触れる事を試みるも、想像通りに触覚も奪われてしまっているようで、身体に触れている自信すら持てずにいた。
感覚が狂わされている。
「おい、聞こえるか。」
私は声のするほうに、なけなしの感覚を集中させた。
同時に、聴覚が奪われていないことについて、動揺することになる。
聴覚だけが鋭く占める感覚の中で、湧いてくるのは救いようのない恐怖心だけだった。
しかし、徐々に精神でさえも鈍くなりつつある状況に、私の心は奇妙な平静さを取り戻していった。
「もしかして、声がでないのか?」
「この声が聞こえているならば、何か周辺にあるものでいい、叩いてくれないか。」
私は近くにあるだろう何かを力いっぱいに叩いた。
「おお、そうかそうか。」
どうやら、私は上手く叩けているらしかった。
「お前の事を教えてほしい。俺の質問に対して肯定なら1度、否定ならば2度、さっきの要領で構わない、叩いてくれ。」「では、お前は肉が好きか。」
私は1度叩いた。
「ではお前は、動けるのか。」
私は2度叩いた。
「まさかお前は、身ごもっているのか。」
私は1度叩いた。
「よし、分かった。今から助けに向かうから、お前のいる場所がはっきり分かるように叩き続けてくれ。」
「おい、聞こえないぞ。もっと強く叩いてくれないか。」
私はいっそう強く叩いた。
「聞こえないぞ。」
繰り返し、強く叩いた。
「おい、どうしたんだ。返事をしてくれ。もっと強くだ。頼む。」
私はこれ以上ない力をもって、強く叩いた。
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