真夜中ゼミナール

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 僕の仕事は塾講師。存在意義は生徒の学力向上。学歴社会の日本では別に珍しくもなんともない職業だ。  ただ、僕が運営する〝塾〟は少し変わっている。  小規模な地域密着型の学習塾。メインターゲットは小中学生。授業時間は小学生が17時から19時で、中学生が19時から21時。いくら延長しても最大22時まで。  の、はずなのだが教室の壁に掛けられた時計によると、時刻は現在深夜0時少し過ぎ。窓の外は黒い絵の具をぶちまけたように真っ暗で、人の話し声はもちろん車の走行音すらほとんど聞こえない。  見事なまでの熱帯夜だ。 「先生、全部できたっす」  と教室内にはまだひとりセーラー服姿の女子生徒が残っており、最前列の席に座る彼女はこちらに計算問題の課題プリントを差し出した。 「おう」  受け取り、僕はシャツの胸ポケットから赤ペンを取り出す。丸つけ開始。 「……うん。うんうん」  今のところ全問正解。素晴らしい。 「確かによく出来てる」 「でしょ? ちゃ~んと先生の授業聞いてましたからねえ」  両手で頬杖をつき、少女はいたずらっぽく笑う。  名前は結城凛。十五歳の中学三年生。ポニーテールがよく似合う普通の女の子――のように見えるがその正体は幽霊だったりする。 「よく頑張ったな。全問正解だ」 「あたしってばもしかして天才っすか? ね? ね?」  無邪気に喜ぶ結城。そんな様子は生きた生徒と何ら変わりない。  それもそのはず。彼女は自身が幽霊であることを認識していない。どころか、そもそも自分が既に死んでいるという事実にすら気づいていないだろう。  だが仕方ない。結城に限ったことではないのだ。幽霊という存在は都合よく記憶を改ざんし、あたかも己がまだ生きていると思い込む。 「そうだな。天才かもな」  たとえ幽霊であれ、彼女の成長は純粋に嬉しい。 「い、いやぁ。そう直球で褒められると照れますなあ。アッハッハ」  あまり褒められ慣れていないのか、結城の顔はすぐに赤くなる。五日前の夜更けに「勉強、教えてほしいんだけど」とこの塾に現れた際も、彼女は今のように恥ずかしそうだった。
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