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結城凛は家庭で虐待を受けていた。
結城の母は彼女がまだ小学生だった頃に離婚し、その後しばらくしてある男が父の代わりにとばかりに住み着くようになった。いわゆる内縁の夫というやつだ。他者の人生を支配した気分にでもなったのだろう。そいつは結城を一歩も外に出さず、何年にもわたって彼女の尊厳を踏みにじり続けた。
結果、ひとりの少女は命を落とす。
――先生! ほら、できたよっすよ!
そんな声が今にも聞こえてきそうだ。
一つ問題を解くたび、彼女は心底嬉しそうに笑った。
己の人生を呪っただろう。恨みもしただろう。けれど、あの子が何よりも求めていたのは「勉強がしたい」なんて些細なものだった。
多くの子供が当然のごとく受けている権利を結城凛は享受できなかった。
「……ちっ」
体の震えが止まらない。まるで全身の骨が軋むようだ。
結城だけでない。塾(ここ)に現れる幽霊(こども)達のほとんどが安脚本みたいな悲劇を背負わされている。
そして、そんな生徒達に勉強を教えるたびに思う。こんなことに何の意味があるのか、と。あの子達にとって何よりも必要だったのは生前における救済で、死後の教育など後の祭りにすぎない。
けれど仕方ないじゃないか。超能力者でもない普通の人間に何ができる? 僕はただペンを持ち、教材を開け、くだらない話をするだけだ。
「……馬鹿らしい」
どうでもいいとばかりに机に突っ伏す。
所詮は他人事だ。クールに対応すればいい。それになんだかどっと疲れた。とりあえず今は余計なことを考えず目を閉じよう。
夜に取り残された教室で、僕はひとりそのまま眠りに落ちた。
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