真夜中ゼミナール

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「懐かしくて」  笑顔を携えた少女は黒板の前まで移動し、そこからざっと教室内を見回した。 「中学の頃は私もこうして学習塾に通ったものよ。ああ……ほんとに懐かしい」  僕は座ったままそんな彼女を見上げ、こんなパターンは初めてだなと思った。  結城たちとは根本的に違っている。目の前の女子高生は別に教育は欲していない。  ただ、生前に通っていたらしい〝どこかの塾〟に思い入れがあるらしく、その結果、どういうわけか僕のところに現れた。  とはいえ不思議な話だ。どうせならその自分が通っていた塾に行けばいいのに……もしかして迷子、なんてことはないだろうか。 「しっかし、君はずっと笑っているんだな。塾見学なんて大して楽しいもんでもないだろうに」  何気なく声をかけてみた。 「笑ってはいないわ。泣いているのよ」 「は?」 「私は悲しければ笑い、楽しければ泣く。そういう女なの」  や、なんだその天邪鬼の極みみたいな発言は。しかもその理論でいくと、この女子高生はずっと悲しんでいるということになるではないか。 「私、知っているのよ。センセのことも。この〝塾〟のことも」  彼女は僕の目をまっすぐに見て、おもむろにそう言った。  反射的に僕は身構える。 「……知っているって、何を?」 「センセは幽霊に授業を提供している。でしょう?」  笑みの消えた彼女の表情は真剣そのもの。 「な――」  言葉につまる。  別に意図して秘密にしていることではない。かといって他人にベラベラ喋ったりもしていない。そもそもこんなこと話したところで信じてはもらえないだろうし。  では、この子は一体誰から……? 「不思議かしら」 「え?」 「私がどうして知っているのか」 「あ、あぁ」  当然だ。 「そりゃもちろん」 「本当に分からない?」 「……分からない」 「ふぅ、まったくセンセらしくない。少し推理すれば分かるじゃないの。簡単な消去法よ」  彼女は演劇女優のように大げさに肩をすくめてみせた。どうやら本当に呆れられているらしい。 「この塾の秘密を知っているのは誰かしら?」 「それは……僕だけだ」 「それが答えよ」  簡単な消去法だと彼女は言っていた。ということはつまり……。
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