0人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
それから幾度も幾度も幾度も季節が過ぎだ。
20歳だった私は30歳になった。役者になる夢は叶わなかったが、養成所時代のクラスメイトと結婚し子宝に恵まれそれなりに幸せに暮らしている。
家事と育児と保育園の申込みと焼き芋大会の開催と義実家への宿泊計画と、そんな怒濤の日々に追われ心身共に疲れると私はふとあの真夜中を思い出す。
20歳で、好きな夢を追いかけて、上京して、一人暮らしをして、気を許せる仲間たちと気ままに過ごした何でもないあの夜を思い出す。
あの時はただのありふれた日常だったが今となってはもう二度と戻れない。私の青春だった。
きっとこの先一生、我が子が成人しても孫が生まれても私は繰り返し大切に思い出すことだろう。
思い出の中の真夜中は朝を迎えない。
それはもはや永遠の真夜中だった。
TVのニュースが朝の天気予報を告げている。
「関東地方は今日夕方より降雪が予想され、記録的な大雪となる見込みです」
キッチンに立つ私は手を止め、洗面所で髭を剃るワイシャツ姿の旦那に声をかけた。
「夕方から大雪になるってよ、帰りが心配だね」
「うっそ大雪?うわー会社いきたくねー」
愚痴る旦那をよそに、私は少し笑ってしまう。
今夜予報通り記録的な大雪になっても、この10年ですっかり関東人と化したこの人は恐らくもう「歴史的大豪雪!!」なんて大興奮はしないだろう。
「帰り道気を付けてね。はい、パパに行ってらっしゃいは?」
「いっらっしゃーい」
「ふへへ、行ってきまーす」
旦那を送り出したので次は子どものご飯の準備だ。
私は子どもを抱きながら玄関から食卓へ移動する。
ああなんて朝は慌ただしい。
最初のコメントを投稿しよう!