*

1/2
前へ
/2ページ
次へ

*

 1Kのアパートに若い男女が6人転がっている。 外の街灯の光が窓から射し込んでいるものの電気がついておらず部屋は暗く、テーブルには酒の空き缶が散乱し中途半端に残されたおつまみが放置されていた。 時間は深夜2時をとっくに過ぎた。 深酒をしたこの部屋の家主を筆頭に、一人、また一人と意識を手放し床に吸い込まれていってこの状態になった。 それは私も例外ではなく、ほろ酔いでフワフワする脳内を揺りかごのようにしてボーッと天井を眺めている。 養成所の仲間たちと宅飲みをするといつもこうで、誰の仕切りもないままグダグダと時間を浪費し全員の瞼が閉じたところで自然と閉会となる。 今夜は私が閉会の義を担うことになりそうだ。  私は役者を志し、2年前の高校卒業と同時に埼玉の片田舎から上京し養成所へ通うようになった。 地元からほとんど出ずに毎日をほぼジャージで過ごし閉塞的な世界で生きていた私にとって養成所での出会いはセンセーショナルだった。 まず日本全国から若者が集まっているため、北は北海道から南は福岡まで古今東西あらゆる土地の異文化が持ち込まれ入り乱れ、価値観が大乱闘する様を養成所に入ってはじめて経験した。 例えば去年の冬に東京で大雪が降った時のこと。 朝から記録的な大雪で交通機関が麻痺し、遅刻しながらも稽古場にやってきた面々は口々に雪について言及をするのだが、関東出身勢はその日の雪を「大雪」と表現し、北国出身勢は「しょぼい雪」と表現し、九州は福岡からやってきた男子は「歴史的大豪雪!!」と大興奮していた。  うどんのツユひとつとっても「関東は濃い」だの「関西は薄い」だの喧嘩腰ながらも自然と会話が弾むので、クラスメイトたちは稽古場の外でも仲が良かった。気兼ねのない付き合いをしていた。  天井がグニャリと歪む。 (テーブルの上は明日片付ければ…いいよね…) 昼から履いているジーンズのままだから寝心地は良くないはずなのに私はストンと夢の中に潜った。 掛け布団も敷き布団もないゴロ寝だけれど、どこまでもどこまでも深く深く潜ってゆけそうだった。  そして何の物語もないまま夜は更けてゆく。 何でもないありふれた日常の真夜中だった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加