真夜中のシ役所

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 この春、東京の大学を卒業したわたし――篁野々花(たかむらののか)は、地元・六波羅(ろくはら)市に戻ることを決め、市役所の職員採用試験にもなんとか合格することができた。  学生売り手市場の昨今とはいえ、安定していて時間的余裕もある公務員はやはり人気が高く、まだまだ競争率ハンパない狭き門である。  そんな〝天国への門〟を辛くも開くことのできたわたし……見た目も性格も平凡で別にカワイイわけでもなく、これといってパッとしない学生生活をぼんやり送ってきたわたしだけれども、きっとこれからは薔薇色の人生が待っているに違いない!  …………はずだったんだけど。 「――へえ~篁さんって、あの昼間は朝廷、夜は地獄の閻魔王庁に出仕していたっていう平安貴族、あの〝小野篁(おののたかむら)〟の子孫なんだあ……へえ~それはなかなかおもしろいねえ……」 「はあ、まあ一応、家の言い伝えによりますとそんなことに……」  採用が決まった後の配属先希望を訊く面接で、わたしの珍しい名字について問われたので素直に答えると、質問した職員課のいかにも仕事できそうなおじさんが、なぜだか妙に興味を示してえらく食いついてきた。 「じゃ、もう〝シミン課〟で決まりだね。うん。それ以外にはもう考えられない!」  そして、どういう理由だか知らないが、自分独りで納得して配属先を即決してしまう。 「()民課ですか? まさに市役所の顔ですね。春の引っ越しシーズン、まだ不慣れな新米でご迷惑かけるかもしれませんが精一杯がんばります!」  定時に帰れて気楽そうに見える市民課だが、その実、様々な行政手続きのために市民がひっきりなしに訪れ、時にはクレーマーも来たりなんかする。特に春の入学や転勤などが多いシーズンには転入・転出届が山のように集中し、それはもう戦場のようだと話には聞いている。  入って早々、そんな戦場へ送り込まれるのはちょっと心配だが、どんな仕事だって大変だろうし、市役所職員のスタートが、公共サービスの基本ともいうべき市民課というのも案外悪くはない。  そう考え、これから始まる仕事に対して、新人らしく前向きな意気込みを見せるわたしだったが……。
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