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「――おは…いえ、こんばんは……です……」
午後11時20分、11時半の始業時間10分前。
わたしは市役所一階フロア入ってすぐの所にある、昼間は市民課となっているスペースへ出勤する。
夜の闇に包まれた市庁舎のそこだけが蛍光灯の蒼白い光に弱々しく照らし出され、照明が点いてるとは思えないくらいに建物内は薄暗い。
もとからこの市庁舎は戦前に建てられたかなり古いものであり、コンクリ造りの壁や天井にも所々シミができていたりするので、昼間はレトロ感のあるそれも夜の闇の中ではただただ不気味なばかりである。
昼の顔とはまったく違う……いや、最早、別の建物と言っていいくらいに、とてもここが市役所だとは思えないようなオカルト感満載の雰囲気である。
「ま、その市役所とは思えないような所がわたしの配属先なんですけどね……」
生まれてこの方、わたしはそんな課が地方行政機関にあるなんてことを…しかも、自分の生まれ育った町にまで存在するなんてことをこれっぽっちも知らなかったが、それは大昔からどの町にも密かにあったらしい……。
わたしの配属された市民課ならぬ〝死民課〟は、読んで字の如く「この世のものではない市民の皆さま」を対象とした行政サービスを行う部署である。
例えば、亡くなったら生前の戸籍に代わって死者の戸籍〝鬼籍〟への登録を行ったり、昨今よく聞く話だが、子供が皆、都会に出るなどして田舎の墓守をする者がおらず、祖先や親の遺骨を子供の居場所に近い新しい墓に移すような場合、この六波羅市からの転出処理をしたり(その逆に転入の場合も)…とまあ、そんな感じのお仕事だ。
わたしもまだ実際にやりとりしたことがなく、よくは理解していないのだけれど、どうやらあの世で亡者の管理を統括している閻魔王庁と、まだこの世に留まっている霊達との橋渡し的な業務を行っているらしい……ま、現世でいえば、国の中央省庁と地方行政機関の間柄みたいなもんだろうか?
ともかくも、訪れる市民が生きてる人間ではないのだから、勤務時間も市民課や他の課のように昼間ではなく、こんな草木も眠る真夜中に始業して、朝、生者が目覚め、街が動き出すのとともに終業となるというわけだ。
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