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「――ハハハハ、僕が死んでるですって? 冗談はよしてください。僕はいたって健康そのものですよ。体だってほら、なんか前より軽くなった気がしますよ?」
「それは肉体がなくなったからです! あのですね、あなたはもう一年以上も前に駅前の交差点で事故に遭って亡くなられているんです。もうこの世の者じゃないんですよ。ほんとお願いですから、その事実を認めて鬼籍登録してください!」
霊能者が通りすがりに拾ってきたという、飛び跳ねて健康アピールをしてみせているサラリーマンの浮遊霊に対し、わたしは彼が死亡していることを懸命に説明して、鬼籍への登録をするよう説得を試みる。
仕事の範囲広すぎるのにも、そうした迷える地縛霊や浮遊霊を懇切丁寧に教え諭し、早くあの世へ送ってやることも死民課の業務の範疇なのだ。
そればかりか、今回は霊能者が連れてきてくれたものであったが、街中を巡回してそんな霊を回収してきたりする仕事もたまにある。しかも、こんな真夜中に……もう、ほとんど心霊スポット巡りだ。
また……。
「――だからあ、そのボーイしてるリュウジって男とお店に内緒でつき合ってたんだけどぉ、あの夜、あいつのマンションでちょっとケンカになって、じゃあ別れるって言ったらカッとなったあいつにネクタイで首絞められたの! ねえ、本人のあたしが言うんだから、あいつが犯人で間違いないわけ! だからとっととあいつ捕まえてよ!」
今度来た首に紐状の青黒い痕が残るもとキャバ嬢の若い女性は、鬼籍登録よりも何もりも、開口一番、自分を殺した男の名前と、その動機や殺害状況について興奮した様子で早口にまくしたてた。
「いや、お気持ちはわかりますよ。ですが、何度も言うようにここは市役所であって、警察みたいに捜査権も逮捕権もないんです。とりあえず、今お聞きした情報は警察に伝えておきますから……ま、信じてもらえるかはわかりませんけど……」
その殺人事件のニュースは知っていたし、なんとかしてやりたい気持ちもないわけではないのだが、そんなことここで言われても警察ではないので困ってしまう。
まあ、できるだけのことはすると伝え、とにかくなだめすかして納得させるしかない。少しでも警察がこちらの話に興味を示し、犯人逮捕へ繋がることを祈ろう。
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