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 旧暦一日――朔の夜。  新月でもあるこの日の夜は、外がいつになく暗くなる。  貪欲な闇が、月明かりがないのをいいことに勝手を働き、静寂を引き連れて世界を丸呑みしてしまうからだ。  そうして闇が世界をすっかり平らげてしまった時分、私はその真っ黒な腹の中でうっかり目を覚ましてしまった。 (うわ、暗)  瞼を開けても閉じても、見えるのは黒一色だけ。自分の体を見下ろしても、視認なんて満足にできやしない。  おまけに、さっきまで見ていた夢と似たような光景なものだから、未だにこれが夢か現実か、イマイチ判断がつかなかった。  まったく。厄介な時間に起きたものだ。  おもむろに起き上がり、ベッド脇にある小窓のカーテンを開ける。  先日、部屋の模様替えをした際に、ベッドを小窓に寄せておいて正解だった。  今みたいな不可視の暗闇の中、体さえ起こせば、すぐに外を確認できるから助かる。  ベッドの配置に満足しつつ、二階の窓から外を窺った。  真っ先に見えたのは、やはり、墨を溢したような黒。でも、視界に入ったのはそれだけではない。  街灯の青白い明かりと、それにより微かに浮き立つ建物の輪郭。  少し遠くを見渡すと、暗いながらにうっすらと町並みも見えるし、空を仰ぐと、ささやかながらも健気に輝く星だって見えた。 (うん、今日は星がはっきり見える)  星は月よりちっぽけだけど、月のように消えたりしないから好き。  残念ながら、この町ではたくさんの星は見えないけれど、それでも、真っ暗で静かな夜の闇の中で、小さな光を見ると安心した。  私は、月のない朔の夜が嫌い。  闇がすべて――景色だけでなく、人や動物の気配までもを隠してしまうものだから、まるで自分一人だけがこの世界に取り残されたのではないかなんて、馬鹿なことをうっかり考えさせられるのが癪に障る。  それに、闇があまりに広大だから、自分が酷くちっぽけな存在に思えるのも、ともすれば、闇の一部になってしまったのではないか、と勘繰ってしまうのも我慢ならない。  そして、私の名前が、新月の夜に産まれたゆえに"朔夜(さくや)"であるのが、何よりも一番気に入らないのだ。  だって、この名前には、父の絶望が込められているのだから。  ――朔夜、お前が産まれた朔の夜、お母さんは命を落としかけた。    お前は、決してそのことを忘れてはならない。何故なら――  十歳のある日、父から聞いた自らの誕生時の真実。  それはあまりに衝撃的で、母が死にかけた忌まわしい夜を由来とする自分の名前と共に、呪いのように私の心に刻まれた。 (ああ、嫌だ。つい、ロクでもないことを考えちゃった。だから、真っ暗な夜は嫌いなのよ)  ふとこみ上げたやりきれない思いに下唇を噛み、ベッドから抜け出す。  お茶でも飲んで気分を落ち着かせなければ、眠れそうになかった。
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