悪夢

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悪夢

 久しぶりに父が東京に来た。会って話そうと連絡がきたので上野駅で待ち合わせた。離婚寸前まで行った夫婦仲もいつしか落ち着き、没交渉だった父も今ではこうして時々顔を出し、たまに食事をする。駅前の喫茶店に入り、紅茶とサラダとミートスパゲッティのランチセットを注文する。食後にケーキもどうだ?と俺に提案する父はウインクまでして、こっちがちょっと苦笑いになるほど、えらく上機嫌だった。  俺はいつも通り愛想笑いをして、調子を合わせて父の仕事や地元での近況を聞く。時々探るように俺の病状や今後について話を振ってくるのは目を逸らして話を濁した。俺の反応を察した様子で、父はあまり追及せずに話題を切り替えようと笑顔で語りかける。 「娘が大学合格してね。来月から上京するんでお前にも近いうちに挨拶に行くかもしれない」  スパゲッティを巻きかけていたフォークが床に落ちて、ミートソースが飛び散り足元にはねて染みついた。両手に残る感覚を思い出して手を開いて見つめる。父が呆れたように何やってるんだと言い、店員さんに新しいフォークを持ってくるよう頼む声がぼんやりと遠くに聞こえる。俺は両手を見つめ続けた。  あれは 夢だ。夢で、俺の悪夢は終わって、それで…。  ――何度もピンポンする音が聞こえた。ドアに鍵をかけていなかった。「開いていたので、呻き声がして心配になったので、私、あのー……」心配そうに覗き込む顔。目を見開き怯えた表情。苦しそうにもがく姿。 「あれは夢、夢なんだよ。だから…なのに…なんで、どうして……」
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