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夜夜中。僕はいつものとおり、こっそりと部屋を出る。
ドアの手前で少し振り返ってみたけど、全体の方の僕は、ちゃんと深い寝息をたてていた。僕はホッと胸を撫で下ろして、ドアをひょろっとすり抜けた。ちなみに胸はないから、気分だけだ。
廊下へ出ると、ちょうどお兄ちゃんの部屋から出てきたアニーと出くわした。「おはよう」と声をかけてひらひら揺れて見せる。アニーは今日もきっと、酒瓶の中を飲み歩くに違いない。
「オット、おまえ、今日も彼女のところかよ」
通りすぎようとした僕を呼び止めて、アニーがぼわっといやな色になった。にやにやしている様子にムッとする。
「その呼び方やめてよね、アニー」
「おまえこそ、その呼び方やめろよ」
お決まりの軽口を叩き合ってにらみ合う。仲が悪いわけじゃないけど、ここまでがお決まりだ。
僕らは個別の名前を持たない。別に理由はないけど、単純につけてくれる人がいないからだ。たまに自分で名乗るやつもいるらしいけど、そういうのは大概、昼夜が逆転して、全体の方に見つかったようなやつらだけの話だ。そんなまぬけな失敗をしていない僕らは、名前のないお互いをこう呼んでいた。兄の切れ端だからアニー。僕は、アニーから見て弟の切れ端だからオット。かなり不本意だけど、あだ名みたいなものだからしょうがない。
僕はアニーと別れて、夜風の涼しくなってきた屋外へと扉をすり抜けた。あかあかと照らす月を見上げてみる。待ち合わせまでは、まだ時間がありそうだった。
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