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もう、三十過ぎましたしと自嘲するが、なら、その更に十歳上の自分はどうなのだと皺一つ無いスーツの腕に軽く拳をぶつけた。
「いや、そういうのでなくて・・・」
ああそうかと合点がいく。
「お前、どこか魔物めいていたけど、随分と人間くさい雰囲気になってきたな」
「・・・は?」
「最初、文楽人形がリアルで動いてるよと驚いたくらい、人外だったのにな、お前」
今は、瞳の中に、なめらかな頬に、かすかな生気が灯っている。
「・・・その、文楽人形とやらに触れてきたのは貴方でしょうに」
偶然見つけた、ひとがた。
まだ黒い詰め襟の、清らかな首筋からは色事にこなれすぎているのか、もう既に退廃した匂いがわき上がっていた。
面白い、と思って、手に取った。
真っ黒な瞳は黒曜石のように黒くて暗くてキラキラしていて、その冷たさが気に入った。
あるじに欲しいと言ったら、「本邸と引き替えにされるなら差し上げましょう」と返され、爆笑したのを覚えている。
金ボタンをはじいて白いシャツの下の肌に触れてもひんやりしていて、まるで時計のように規則正しい心臓の音に、やっぱりコイツは人形だろうと断じても、その顔に浮かぶのはやはり作り物の、綺麗な笑みだった。
その後、和楽の聞こえる家から消えて少し残念に思っていたところ、意外なところで今度は再会した。
長田富貴子が一族の子供たちと各家の秘書の育成のために開いた施設、通称長田塾。
各人の才能を見極め、それぞれの私的・公的教育機関で学ばせ、色々な作法と常識を叩き込んだ上で人生の後押しをする。
その中で篠原は秘書としての才能を開花させ、今は長老である長田有三および富貴子のサポートをする秘書メンバーの一人になった。
それでも。
どこか魂の入っていない人形のままだと感じた。
とくに学生時代の彼は、抱いても、抱かれても、どんなに激しい衝動の最中にいても、冷え切った芯のようなものが身体の奥に存在していた。
しかし、それはお互い様で、だから続けられると、しらじらと明けていく朝に目を閉じた。
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