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似たもの同士で気の向くままに肌を重ねて数年。
突然、自分が終わりを告げても、彼の瞳にはなんの色も浮かばなかった。
始まる時も、終わる時も。
変わらない、変わらなかった瞳。
それが今、不思議な色合いに変化して行っている。
未練があるわけではないけれど。
少し、悔しい気持ちがあるのも認める。
「良い男になったと、言って下さらないのですか?」
清々しいまでの、美しい笑み。
「言うか、馬鹿」
悔しいので、ちょっと意地悪を言ってやる。
「啓介を、うちがもらった件は心の整理がついたか、高志」
ぴくりと、眉が震えるのを見逃さない。
「もらったって・・・。どちらかというと、春彦様をこちらが頂いたと解釈しておりますが」
「そんなわけあるか。春彦は絶対に渡さない。そっちには詩織っていう女王蜂候補がいるんだから、充分だろ。啓介は貰う」
「それって、いったいどんな論理ですか」
彼を、少し、変えたのは、やはり啓介か。
「お前が、普通の男の顔になって、俺はほっとしてるよ」
男にしては整いすぎた指先をすくい上げ握ってみると、暖かな熱を感じた。
「ほら、随分と血が通って、暑苦しいくらいだ」
考えてみれば、身体を重ねたのに指を絡めたことは一度もなかった。
折角だから、そのまま手を引いてほとんど葉を落としてしまった桜並木を歩く。
さくさくと踏みしめる落ち葉から、ほんのりと生きた香りが立ち上って鼻をくすぐる
「なあ、高志」
「はい」
「桜餅が食いたいな。道明寺の方の」
「・・・そういうところは、本当にお変わりないですね」
頭一つ上からため息がこぼれ落ちた。
それでも、指を解く気配はない。
ほら、もう、こんなに人間くさくなって。
「今から買って来いよ、桜餅」
「無理です。仕事中だと申したはずでしょう」
「富貴子様も、喜ぶぜ?」
半歩ほど先に足を進めていたのを突然逆に手を引かれて、立ち止まる。
白い面が真上から見下ろす。
強い風が吹いて、木の枝のざわめきが激しくなり、落ち葉が舞い落ちては吹き上上げられ、一瞬夢の中に転じられたような錯覚を覚えた。
男の、整えられた黒髪が乱れて額に落ちる。
それすら別世界の出来事のようだ。
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