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ベルディエールの館は荒野にそそり立つ岩柱の上部をくり抜いたもので、無数の部屋は岩盤の内部にある。外から見たらただの岩にしか見えないせいか、家の屋根には渡り鳥の群れがたびたび訪れる。魔女集会に向かうおばあちゃんを見送った夜にも羽ばたくものがやって来た。
、それを最初に見たときは、ずいぶん変わった鳥だな、と思った。この辺りで夜に飛ぶ鳥は珍しい。
黒い翼が大きく空気を打ち、こちらに向かってくる。近づくにつれ、奇妙な違和感を覚えた。
妙な形をしているし、飛び方もおかしい。
そうこうしているうちに、それはわたしの間近に墜落した。
直前に羽を大きく広げて速度を落としたものの、落下の衝撃で気を失って倒れていたのは人間だった。正確には、背中から翼を生やした、同い年くらいの少女だった。
――有翼人!
本で読んだことはあっても実際に見るのは初めてだ。この土地は魔女の土地。有翼人は侵入を禁じられている。
――どうしてこんな場所に……?
ふと、翼の一部が千切れているのに気付いた。羽の付け根に鋭いもので切られたような傷があって血が滲んでいた。少女の額は熱かった。熱があるのだ。
わたしは彼女を部屋に運び、人間がするように治療した。傷口を洗い、頭を冷やして、薬を塗ったり飲ませたりして……。
その晩ほど、夜に魔法が使えないことがもどかしかったことはない。
朝が来ることをひたすら願い続けた。
朝さえくれば、わたしは魔女になる。傷を癒す魔法だって使えるようになる。
――だからそれまで、死なないで……。
荒野の果てが薔薇色に染まる曙に、わたしは杖を手に長い呪文を唱えた。
血を止め、傷ついた血管を繋ぎ、絶たれた肉を結び、ふたたび肌で覆う。
その長い長い呪文が終わったとき、朝日はとうに中空にあった。そして寝不足のわたしを有翼人の少女が不思議そうに見上げていた。
「……私は、セラ」と細い声で彼女はささやく。「助けてくれて、ありがとう」
そして眠りに落ちた。わたしもまた、疲労と緊張からの解放で気を失うように眠りに落ちた。見知らぬ有翼人に寝首をかかれるかどうか、そんな心配さえしないまま。
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