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***(3)***
翌朝になっても、由宇の身体のほうはまだいっこうに目覚める気配もなかった。
そして同様に、深月の身体の中に深月の意識が目覚めることもなく。
一体全体、自分達の身に何が起こっているのだろう。
これが単純な記憶喪失なのであればまだしも、他人の意識が別の人間の中にあるなんて。
いくら考えてもそんなもの、答えなどでるわけがないのだ。
「みつ兄! おかえり!」
由宇の身体の入院手続きなど、諸々の事務処理を終え、ようやく二人が家に帰り着き、玄関を開けると、ずっとそこで待ちかまえていたのだろう大地が深月の身体に飛びついてきた。
「……!」
本物の深月であればともかく、由宇にとっては初めての行為だ。勢いよくぶつかってきた大地の身体を抱きしめ返していいのか、それとも突っぱねたほうがいいのか、おもわずどう対応していいかわからず、両手が空を泳ぐ。
「こら、大地。深月は怪我人だぞ。いきなり抱きつく奴があるか」
「あ……ごめんなさい」
智秋に一喝されてすぐに腕をほどいたおかげで、大地も深月の態度の違いに違和感を覚えずすんだらしい。そのまま今度は遠慮がちに深月の腕を取り、大地は心配げに顔を上げた。
「ごめんなさい。痛かった?」
「いや、だ…大丈夫……だよ」
「ホント?」
「ああ、それよりも大地のほうこそ大丈夫? 目が真っ赤だ。昨夜はちゃんと寝た?」
「……ほとんど寝てない」
由宇の問いかけに対し、すねたように大地がうつむいた。
命に別条はないことや、深月に関しては軽傷だったことなどおおまかな説明は智秋が昨夜のうちにしていたが、だからといって兄が二人とも病院から帰ってこない状況で平気でいろというのはどだい無理な話だろう。
「じゃあ、もしかして朝食も?」
「まだ」
朝食どころか昼食も。大地は朝から何も食べていなかったようだった。
「よし、ならすぐに何か作ってあげるから、それを食べたらひと眠りすること。いいね」
「…………」
由宇の言葉に大地はビックリしたように眼を瞬かせた。
「どうした?」
「みつ兄が作るの? ごはん」
「あ…えと……」
そういえば今の自分は深月の姿だったのだ。
慌てて大きく頭を振り気持ちを入れ替えた由宇は、今度は出来るだけふだんの深月の態度を真似て大地に向き合った。
「由宇が退院してくるまでは誰かがやらなきゃいけないだろう。だからこれからは自分で作ることにしたんだ。由宇のようには作れないかもしれないけど、ちゃんと食事はしないとな」
「そう…なんだ」
「そのうちお前にも手伝ってもらうことになるから、その覚悟だけはしておけよ」
「うん、わかった。でも、由宇はいつ退院出来るの?」
大地の素直な疑問に再び由宇と智秋が言葉を詰まらせてお互いを見る。
「由宇はちょっとだけ深月より重症なんだ。だからもう少し入院が必要だって医者が言ってた」
智秋の説明に大地の目が不安げに曇る。
「でも大丈夫。今は病院で眠ってるけど、すぐに元気になって目を覚ますから」
「俺、お見舞いに行きたい。行っていい?」
「ああ、明日にでもみんなで行こう」
智秋が言うと大地はようやくホッとしたように頷き、パタパタと軽い足音をさせて家の中へと戻っていった。そして廊下の途中で振り返り深月を手招きする。
「みつ兄、早く。もうお腹ぺこぺこ」
「わかった」
ぎこちない笑顔を浮かべ、弟に手を振る深月の姿を眺め、智秋は小さくため息を吐いた。
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