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ほんの少し期待をしていた。
ふだん生活しているいつもの空間。可愛がっていた弟の姿。
そんなものに触れれば、深月の意識が戻ってくるのではないだろうか。
でも、そんな儚い期待は見事に砕け散った。
ただ、落ち込んでいても仕方ない。
由宇は荷物を置いたその足でさっそく由宇にとっての仕事場であるキッチンへと足を向けた。
同世代の少年の中ではかなり小柄なほうであった由宇と違い、深月の身長は平均より少し高い。視線の位置が違うだけでこんなにも世界の見え方が違うのだと、その違和感に戸惑いつつも、やはりふだん一番多くいた場所であるキッチンに入ると安心するのか、由宇の口からようやくほうっと安堵の息が漏れた。
「さて…と」
勝手知ったる自分の仕事場。
深月の身体で行う作業は多少勝手が違ったが、なんとか由宇はふだん通りに三人分の食事を作り終えた。メニューはもちろん大地の好物であるオムレツ。せめてそんなところだけでも、由宇は大地を喜ばせてあげたかったのだ。
「さあ、召し上がれ」
「いただきまーす」
そんな由宇の思惑などまったく気付く様子もなく、大地は兄二人が無事帰ってきたことでかなりホッとしたのか、元気よくずいぶんと遅い朝食となってしまったオムレツを口いっぱいに頬張った。
「……あれ?」
ところで動きが止まる。
「…………」
そして、やけにゆっくりと咀嚼するように口を動かし、オムレツのひと口を飲み込み終えたところで、大地はじっと深月の顔を見上げた。
「どうしたの? 美味しくなかった?」
微妙な表情でじっと自分を見つめる大地の視線に、戸惑ったように由宇が首をかしげる。
大地に喜んでもらおうと思って大地の好物を作ったのに、どこかで失敗したのだろうか。
由宇が困ったように眉をひそめると、大地は別に不味かったわけじゃないと言ってブンブンと大きく首を振った。
「違うよ。そうじゃない。その逆だってば」
「……逆?」
大地の隣で智秋の手も止まる。大地は不思議そうな表情のままもうひと口オムレツを頬張り、今度は数回噛んだだけで、ごくりと飲み込んだ。
「やっぱりそうだ。どうして? いつもと同じ味がするよ」
「いつもって……?」
「由宇が作ってくれるのと、同じ」
「…………!」
しまった。そう思ってもあとの祭りだった。
確かに今までまともに料理などしたことのない深月が、由宇と同じレベルの食事を作れるほうがおかしい。
由宇は助けを求めるように智秋を見た。
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