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「こらこら、電話口で兄弟喧嘩すんなよ、お前等」  二人の言い争いを遮るように、電話口に別の声が割って入ってきた。 「にしてもA判定って、マジで天才児って噂は嘘じゃねえんだな、お前さんの弟。うちの高校の偏差値、結構高いんだぞ」 「だから色々面倒くさいんだよ」 「優秀な弟を持つと大変だぁ」  深月が苦笑している隣で、笑い声が響く。  剣道の竹刀を入れた袋を担いで深月の隣に立っているこの男の名は鷹取謙司(たかとりけんじ)。深月と一緒にスポーツ推薦で今の高校に入学を決めた男だ。 「とにかく今日、由宇は俺と一緒だから帰宅も遅くなる。夕飯も外で食べてくる予定だから、そっちはそっちで適当にやってくれ。大地のことも頼んだぞ」 「……おい、ちょ…」  言いたいことだけ言って、深月は通話を切断した。 「なんだよ、おい!」  答えの返ってこない受話器に向かって智秋は声を荒らげ、次いで小さく舌打ちをする。  同時に反対側の通話口の先では、まるでその音が聞こえていたかのように、由宇が小さく肩をすくめていた。 「深月…やっぱり僕……」 「今更帰るとか言うなよ、由宇」  みなまで言わせないまま、深月は由宇の言葉を遮った。 「だいたい智秋はお前にべったりしすぎなんだ。たまには離れてもいい。というか離れろ」 「なんだなんだ、天野家の奴らはみんなしてこいつの取り合いでもしてるのか?」  鷹取がそんなことを言いながらガシッと由宇の肩を抱き寄せた。 「まあ、確かに男にしとくにゃ惜しい美人だとは思うけどさ」 「なっ……!」  反応に困り、由宇が真っ赤になって目で深月に助けを求めると、深月はすかさず鷹取の腕から由宇を引きはがし、自分のほうへと引き寄せた。 「誰にでもガサツに振る舞えるお前と違って由宇は繊細なんだ。怯えさせるな。だいたいお前は由宇とは初対面だろう。どうやったらそこまで馴れ馴れしく出来るんだ」 「はーい。しっつれいしましたー」  降参の意味を込め、おどけた調子で両手をあげると、鷹取は改めて由宇に向かって握手を求めて片手を差し出した。 「とりあえずはじめましての挨拶でもしとこうか。俺は鷹取謙司(たかとりけんじ)」 「僕は水澤由宇(みずさわゆう)。由宇って呼んでくれればいいから」 「了解。なら俺のことはタカでいいよ」 「タカって、あ、もしかして君がたかみつコンビの片割れ?」 「そういうこと」  にこりと笑って鷹取が頭を下げた。由宇もにこりと微笑みを返す。  たかみつコンビ。  それはこの学校内及び近隣の、主に剣道部の間で使われている、鷹取と深月の通り名だ。  二人がそう呼ばれるようになったきっかけは、彼らが高校に入ってすぐの大会で一年生ながら団体戦の先鋒・次鋒をそれぞれ務め、その時の鮮やかな勝利が話題になったからだ。
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