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 おおよそ半年ほど前のことだったが、深月達兄弟の父親のもとへ海外転勤の話が来た。  その際、母親はそのまま夫に付いていくことを主張したのだが、当時、希望高校への推薦進学が決定したばかりの深月と、その高校へ入るため受験勉強を開始したばかりだった智秋は、日本を離れることを良しとせず、此処に残ることを主張した。すると、兄達が行かないのなら自分も残ると末の弟大地も頑として海外行きを拒み、結果、長い長い話し合いの末、両親二人だけで日本を離れることが決定されたのだ。  家は持ち家だったので住居の心配はなかったが、困ったのは日々の食事や掃除洗濯。  両親は通いの家政婦か何かを雇えないかと案を講じたが、どうせなら自分達で探したいと、三人兄弟が冗談交じりで募集をかけた住み込みのハウスキーパーに応募してきたのが、この由宇という少年なのだということだった。 「珍しいな……ってか、普通いないぞ。その年で、しかも男で住み込みのハウスキーパーなんて」 「だ…だよね」 「なんか実家にいられない理由でもあったのか? 家出? あ、そんなのだったらさすがに雇ったり出来ないか」  鷹取の追求に、深月は庇うように由宇の前に立った。 「家出ではない。この由宇が、そういった類の不良に見えるとしたら、お前、眼科へ行ったほうがいいんじゃないか?」 「そう言われればそうだけど……じゃあ……?」  何か事情があるのだろうことを汲み取って、鷹取はその視線を由宇のほうへと向けた。  確かに、深月に指摘されなかったとしても、由宇は不良の類には見えないし、家出をするような輩にも見えない。でも、だとしたらいったいどういう事情があるのだろうか。 「家出もなにも、実は僕には実家…が……もうないんだ」 「……え?」  鷹取の目が呆けたように見開かれた。 「中学三年の時、両親が事故で他界して、天涯孤独の身っていうのかな。引き取ってくれそうな親戚も近くにいなかったものだから、いっそ独立してやろうかと。で、高校も受かってはいたんだけど、辞めることにしたんだ」  由宇が告げたあまりの内容に、鷹取が一瞬怯む。 「そんな……受かってたんなら、そのまま高校には行ってもよかったんじゃないのか?」 「保険金の額もたいしたことなかったし、入学金を払い込む前だったし……っていうか、もう勉強なんかしてる気分じゃなかったってのが本音だけど」  そう言って由宇はほんの僅か眉を寄せた。 「それで、マンションの部屋も一人で住むには広すぎるから出て行くことにして、どこか住み込みで働ける所がないかなあって……」  つまり、そこに運よく天野家のハウスキーパーの募集があったということなのだろう。
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