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「そっか……ごめんな。嫌なこと聞いちまって」 「ううん、大丈夫。それに結果的にはこんな良い環境で仕事につけて、深月達と暮らすことができることになって、僕としては運がよかったって感謝してるんだ」  そう言って由宇は顔をあげ、同意を求めるように深月へと顔を向けた。 「ということで、今、由宇は俺達の家に同居しているんだ。うちの両親はかなりのお節介焼きで、困ってる人間がいたらついつい構いたくなる性質だっていうのは、お前も知ってるだろう」 「ああ、まあな」  確かに、そういった事情があるのであれば、深月達家族でなくても、なんとか助けてあげたいような気持ちになるだろう。  だからといって実際にそれを実行に移せるかどうかは、また別の話だろうが。 「だとしても、経験も何もない赤の他人の子供をいきなりハウスキーパーとして雇うなんて、思い切ったことをしたな。お前の両親も」 「そりゃもちろん、即決したわけじゃないさ。テストというか、一週間ほどのお試し期間はあったよ」 「お試し期間?」 「そう。でも俺達からしたら最初の一日で、すでに由宇の採用は決定したようなものだった。中でも智秋がずいぶん気に入って……」 「ああ、なるほど」  さっきの電話の感じからしても、確かにあの智秋という弟が由宇に対して一目置いていることはよくわかった。 「年が近いなら妙な遠慮もないだろうし、へたに大人が介入するよりもしかしたら暮らしやすいかもしれないと、智秋がそうとう熱心に説得してくれて。まあ、それにほだされたってわけじゃないだろうけど……」 「なんつーか、雇うっていうより、親戚の子供を一人居候させた…みたいな感覚なのか?」  実際には血は繋がっていないのだから親戚の子供ではないが、その言い方はかなり的を射ているのかもしれない。  鷹取の指摘に、深月は何故か少し困ったような表情で曖昧に頷いた。 「そう……だな。それが近いかもしれない」 「あ、でも仕事はしてるよ。ちゃんと」  慌てて由宇が口を挟む。深月達家族の好意に甘える形になったことは事実だが、本人的にはちゃんとした雇われ人でありたいのだろう。 「つまり今は子供三人…いやもう一人弟がいるんだっけ? そいつを含めて子供四人だけでの生活ってこと?」  天野家の子供は、一番上が高校一年の深月。そのすぐ下に中学三年の智秋。そして末弟である小学生の大地の計三人だ。 「そりゃあ確かにおばちゃんの家政婦さんが来るより面白そうだ」  羨ましそうな目を向ける鷹取を見て由宇が苦笑した。 「仕事はきつくないのか?」 「それは全然。もともと料理とか好きだしね。だから今の状況って居候させてもらう代わりに食事作ってあげてるだけ、みたいな感じだよ」 「にしても高校にいかずに住み込みで働くなんて、大変だな」 「……まあ……ね」 「なんか困ったことがあったら相談しろよ。雇い主への苦情でもなんでも」 「苦情なんかあるわけないだろう」  鷹取の言葉にすかさず深月の怒りの声が割って入る。それをさらりとかわし、鷹取はにやりと笑みを浮かべた。 「ま、じゃあ今日はお仕事関係なく、俺達の友人として試合見物すればいいよ。ってことで、そろそろ行くか。集合時間だ」  そう言って鷹取は集合場所へ向かって先に立って歩き出す。慌ててそれを追いかけながら、深月と由宇は、お互い顔を見合わせてにこりと微笑み合った。
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