あなたの瞳の真ん中に咲く夜

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 夜は好き。  それも街の灯りも人も寝静まった真夜中が。  月とわたしだけ。  空気が澄んで沁み入るようだもの。  今夜は特にやっと息が吸えた心地だわ。  昼間の彼が水をたっぷりくれたおかげね。  でもまだ少し頭がぼんやりする。  枯れるところだった、もう、咲けないまま終わるんだわと諦めていたもの。  ――会いたい  彼はどこ?  聴き慣れない楽しげな音が耳を掠める。  でも、どこか物憂げな感情が紛れているような。  ――ピアノの音?  ということは、音の先に誰かいるのだわ。  ――彼だったらいいな  胸が躍るまま、聴こえる方へ方へ音を拾うように辿っていく。  すらっとした黒い髪の男の子の後ろ姿が見えた。  彼だ。  ――ほんとにいた  ピアノを弾くことに夢中になっていてわたしに気付いていないみたい。  それに、とっても上手。  ずっと聴いていたいわ。  わたしは無意識の内に彼の隣に座っていた。  すると演奏は止んで、彼はわたしを見て静かに言葉を発した。 「こんばんは?」  ――どうしよう  何も考えないでここまできてた。  何て言えばいいの?  いきなり昼間はありがとう、なんて意味がわからないよね?  わたしは助けてもらった花です、なんて。  受け入れられないよね。  どうしよう。どうしたら。 「あの、わたしどうしていいかわからなくて」  素直になることにした。  すると、彼の方も少し肩の力が抜けたのか、柔らかい表情になる。 「ここは僕の部屋だけど、どうしてここに?」  普通に話してくれた。  嬉しい。まさか言葉を交わせるなんて。 「楽しそうな音を辿っていたらここにいたの」  正直に話してみると、彼は優しげなラインを描く夜色の瞳を細めて微笑んだ。細い鼻筋に続く唇は薄い花弁のようで女性的。 「そっか。この曲気に入った?」 「うん! もっと聴いていたいくらい」  嘘みたい。  枯れてしまわなくてよかった。 「わかった。聴いていて」  夢のよう。
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