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わたしには本当は名前はないのだけれど、咄嗟に美月(みづき)と名乗っていた。
花の名称では月下美人と呼ばれているから。
彼は耀(よう)という名前らしい。
名前を交わしたのは、ここにいていいよ、と認められたみたい。
捨てられたことももう気にならないわ。
耀という男の子、彼が弾いていた夏の夜の夢という曲、水をくれた白昼。美月と呼ばれるようになった夜。
今日のことだけは忘れない。
耀はわたしにとって命の恩人というだけではないのだから。
わたしに今日ほどのものを返せるかしら?
彼よりも、うんと限られた時間と一輪の花でしかないわたしに何ができる?
――わからないけれど
「耀、ありがとうね」
見捨てないでくれてありがとう。
抱き締めているとそのうちに耀は泣いていた。
その涙は、刻一刻とカサカサに乾いていくのを待つだけの、朝がくるのが怖かった夜を思い起こさせた。
耀も同じなんだわ。
狭くて、潤いも望めない、そんな場所にいるのね。
せめてあなたが眠りにつくまで傍にいる。
ごめんね、嬉しかったの。
わたしにもしてあげられることがあるって
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