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赤岡家を発つ前日に手伝いをしている下女が竹子に届け物を持ってきた。それは、赤い漆塗りの櫛だった。文が添えられていて、
『ご武運をお祈りします。いつか穏やかな世となり竹子さまとまたお会いしたいものです。このような未練がましいことを申しますと、男子たるもの…とまた竹子さまのお説教が始まりそうですね。竹子さまの男子たるもの…という耳にタコが出来るほど聞いたお話が今では懐かしく感じます。どうか、ご無事で。生きてください、何があっても』
竹子は下女の前では毅然とした態度を崩さず、お返事は如何なさいますかと問う下女に、
「返事など書かぬ!戦に赴く者に生きて帰れとは何事か、武家の男の癖に女々しい!」
下女を怒り散らして追い払って、誰もいないことを確かめてからそっと櫛で髪をといてみた。鏡に映った竹子は烈女でも男勝りの女でもなく、一人の恋する乙女だった。文は丁寧に畳み懐に入れた御守り袋の中にしまう。
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