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 親の遺伝子。それは一つではなくて二つ。父親と、母親。二人が合わさって、二人から半分ずつ命の種を頂いて、それが子供に吹き込まれ、あなたとなって産まれてくる。そのどこか一つのパーツが欠けていたとしても、あなたはあなたじゃなかったの。  この感動は、男の人には薄いのかも知れない。やはり自分のお腹を痛めて産んだからこそ、女の人は自分の子供に対する深い愛情と、強いこだわりを持つのかも知れない。それは宿命で、本能だ。  「私がきみを立派に育てるから。安心してね」  いつの間にか佐知子は微睡(まどろ)んでいた。あまりに幸福な陽気にほだされて、ついうたた寝をしていた。  でもそれでいい。川の字にはなれないけど、私の夢は親子で並んで眠ること。たったそれだけの幸せすら、与えられることがない家庭もあるのだから。  六畳一間。簡素なキッチンが廊下に併設され、狭苦しいユニットバスが部屋を圧迫するように備え付けられている。あるだけでもマシ。風呂なし物件ならもう少し安い所もあったが、許せる範囲で最も家賃が低かったアパートを、佐知子は選んで契約した。  今時、こんなボロ家に住む人なんて…。そう最初は思ったが、四室ある内の三つはずっと埋まっている。お金があることが幸せという考え方もあるが、そんなものが無くたって、自分の命を継ぐ者が微笑んでいるだけで、彼女にとっては充分だった。  小さな羽虫が床を這う光景。それも暮らしている内に自然と慣れた。一寸の虫にも五分の魂。みみずだって、おけらだって、あめんぼだって。とんぼだって、かえるだって、みつばちだって。  みんなみんな生きている。  命に差はない。価値に違いはきっとない。  ただ、ゴキブリホイホイだけはキッチンに設置している。虫さんごめんなさいと佐知子は思う。それでも、侑斗が感染症にならないように、害虫駆除だけはごめんなさい。そう考えて苦笑いする。  人間は勝手だなぁ。  自分が生きるためには、残酷にも冷徹にももしかしたらなれてしまうのかなぁ。
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