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 明るい笑顔というものが、果たして似合うか似合わないか。  自分自身に、ということではなく、自分のしている仕事にとって、それは必要なものなのだろうか。  配達や送迎の仕事は、世界中に溢れている。インターネット通販がどんどん進化する世の中にあって、物流というのは一分一秒を争う時代へと突入しつつある。物質を空間から空間へ転送させる、所謂『テレポート』みたいな御伽(おとぎ)噺(ばなし)が科学で現実にならない限り、人や物を運ぶのは人間が運転する乗り物だ。  習志野(ならしの)爽太(そうた)は時々考える。「こんにちは」と声を掛ける時、笑顔でいる方が好印象だ。だけど一期一会なのだから、相手に好かれようが嫌われようが無関係なのではないか、と。  むしろ、暗い顔をしている方が、相手も気楽なのではないかとさえ思うことがある。  無駄なことはしたくない。  俺が笑顔を見せるのは、一人きりになる、あの瞬間だけ。  大通りに車を走らせながら、爽太は鼻歌を歌っていた。好きというほどではないが、CMで何度も聴いている内に耳に馴染んだ曲が、ラジオから流れてきたからだ。ただその小さな気晴らしもほんの4分間。この曲が終われば、また大して興味もないパーソナリティのくだらないお喋りを聞くしかない。彼は好んでラジオを点けている訳ではなかった。  車中で出来る限られた娯楽が、FMかAMを聞くことだけだからだ。あとは通い慣れた道を進み、到着地点に近づくと、初めて通る狭い道にうんざりし、目的地へと至るだけ。  そしてそこにはおそらく二度と来ない。  彼の仕事はそういうものだった。  信号待ちをしながら、可愛い女の子が自転車を漕いでいくのを目で追った。一瞬の目の保養だ、などと考えて、虚しくなって溜息を吐く。いつまでこの仕事をするのだろう。かと言って、もうまともな世界に戻れる気はしなかった。  きっと結婚もしないし、子供も作らないし、夢とか追い掛ける年でもないし、欲しい物もないし。
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