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 18時半にフランス童謡の「アマリリス」がキッチンに流れた。ご飯が炊き上がった音だ、と桐沢結依(きりさわゆい)は相好を柔らかく崩した。  これが鳴ると夫も帰ってくる。若くして結婚してから、6年が経過した。これまで色んなことがあり、勿論喧嘩することも、口を聞かない日もあった。だけど今は幸せだ。二人は付き合っていた頃のように仲良くなり、そんな自分たちを神様が祝福してくれたかのように、ようやく恵まれなかった子宝を授かった。既に妊娠は7ヶ月目に突入。そろそろ我が子の性別も分かるかも知れない。  「男の子かな…、女の子かな…♪」  鼻歌交じりに独り言を呟く。営業職とは言え、固定顧客の元を訪問したり、相談に乗る仕事をしている夫は、職種の割には帰宅時刻が定まっている方だ。今日もそろそろ玄関のチャイムが鳴るだろう。つわりのひどい時期には八つ当たりをして困らせることもあったが、最近は新婚の頃が甦ったように仲睦まじい。安定期に入った今は、時間と日数を制限しているとはいえ、結依はパートにも出ている。自分自身にゆとりがあることが、きっと夫婦生活にも好影響を与えているのだと思えるようになった。  「あ、蹴った?」  お腹の中から細(ささ)やかな振動があった。胎動を感じる度に思わずにやにやしてしまう。確かな命を、ここに実感するからだ。  下腹部を一度さすって、エプロンをパンと張って、結依はお玉を手に取った。出来上がった味噌汁の味見をする。あの人が好きな「おふくろの味」を見事に再現出来ている自信があった。  ちらりと時計を見る。18時35分。チャイムが鳴った。インターホンの受話器を取ると、夫である桐沢(きりさわ)賢(けん)二(じ)の姿があった。
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