魔女に還る

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魔女に還る

 前かがみになった腰が真っ直ぐに伸びる。鉄製のシャッターがコンクリート張りの床に打ちつけられた。シャッターと床の隙間から、蜘蛛の糸のように細い夕日の残滓(ざんし)が、這うように女の脚を貫いていった。  豆電球ひとつ、その暗がりの下で、女は在庫の確認をしていた。 カード付きスナック菓子、ある。板チョコ、ある。酢こんぶ、ない。これは発注しておかなければ。近頃の子はこういったものをあまり好まないが、五区の長太郎だけは別だ。両親が共働きで、おばあさんの慈しみを一身に受けて育てられたせいか、食べ物の好みが現代っ子とは思えないくらい、しぶい。ごくたまにだが、円筒形のプラスチック容器ごと酢こんぶを買っていくときだってあるのだ。朝一で業者に電話しなければならない。 確認が終わってしまうと、女はに並べられたキャラクターのお面を濁った目で眺めた。おばちゃん、ウルトラマンのお面は無いと? つい数時間前の、子どもたちの無邪気な疑問がリフレインされる。ごめんね、仕入れておくから。そんな嘘をついてしまった。女にはウルトラマンのお面を仕入れるつもりなど毛頭なかったのだ。その時も、今も、そしておそらくこれからも。     
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