真夜中に逃げていく、私たちの憂鬱

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学校の周りは、街灯の明かりだけが灯る寂しい地域。 しかし、町の終わりに近づくと、少し雰囲気が変わってくる。 24時間営業のコンビニがあるのだ。 コンビニの前に設置されている補虫用の真っ青な蛍光灯。 そこに向かって四六時中、害虫たちが引き寄せられ、小気味よい感電音とともに殺されていく。 「ジュースが欲しい」 青年は言った。そして、すぐに店の中のコーラを万引きしてきた。 店の前で、彼はそれを一気に飲み干した。 「うまい」 里美が気づく。 (そういえば、彼の名前を聞いてない) 「ねぇ」 「なに?」 「名前・・・」 突然。 「君、名前は?」 里美の声を別の声が遮った。冷たい声だった。 振り向くと、巨大な大人が二人の前に立ちはだかっていた。 真っ黒な制服を着た補導官である。 「どこに住んでいるんだ?」 補導官は、興味もないくせに、矢継ぎ早に質問を繰り返す。 青年は補導官を睨みつけた。 怒りの感情を渾身に込めた青年の表情とは対照的に、補導官の顔は白く面長で、能面のように感情がなかった。 能で使用される能面は、無表情の代名詞として使われるけれど、ひとたび能の名人が舞い始めると、豊かな表情を作り出すという。 大人たちが皆、仮面をかぶっていることくらい、里美は知っている。 だけれど、里美に言わせると、大人たちは皆、仮面の使い方を知らない。 巨大な大人が、手負いの青年を羽交い絞めにする。 「離せ!」 青年の暴力は、非力で、無力で、虚しい。 大人は青年をぶった。 二人の憂鬱が、真夜中へと逃げていった。
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