真夜中に逃げていく、私たちの憂鬱

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家の前で、里美は立ち止る。 屋内からは、里美の不在に気づいた母のわめき声が聞こえる。 里美の手が震える。 震えを抑え込むため、彼女は金属バットを強く握ろうとしたが、うまくいかない。 反対に、バットは彼女の手から離れ、カランと音をたてて地面に転がった。 (跳べもしないのに、逃げるなんて無理なんだ) 里美は、心の中で、また諦めの理由を見つけた。 (跳べもしないのに、逃げるなんて無理なんだ) 呪文のように、里美は頭の中でその言葉を反復する。 家の扉が開いた。 「お母さん!家の前でなにか音がしたわ!何かしら!」 里美の母が、扉から顔を出した。 家の前に、里美の姿はなかった。 「あら、気のせいかしら」 里美は、金属バットを握ったまま、学校へと走っていた。 体力のない彼女は、すでに息が切れていたが、そんなことは気にしていなかった。 学校にはすぐにたどり着いた。 そして、彼女は息を整えることなく、金属バットで窓ガラスを割り始める。 自分でもそうする意味は分からなかったが、彼女を苦しめる重苦しい感情が、ガラスと同期して破壊されているような、そんなカタルシスを感じることができた。 一回のガラスをすべて割ると、彼女は階段を駆け上がる。そして、屋上への扉を硬く施錠している南京錠を金属バットで叩き始めた。 始終、金切り声をあげるその姿は、里美を折檻する母と同じであった。 「誰?」 里美の母の目の前に、白いシャツを着た青年が姿を現した。 「あなた誰?・・・まさか!あなたが里美をたぶらかしたガキね!」 母は、家を飛び出し、青年の目の前に迫る。 「気色の悪い子供!」 青年は左手のギブスの中へ、右手を伸ばす。
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