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――はっ。笑わせてくれるわね。
貴方が、このあたしと別れる?
本気で言ってるのかしら。別れられると、本気で思ってるの?
あたしは、目の前で苦悩の表情を浮かべてこちらを見詰める男を挑発的に睨み返す。
「……今回は、本気だ」
低く掠れた声で、彼は呟く。
そんな男を、あたしは鼻先でせせら笑う。
ねぇ、思い出して頂戴。
貴方とは、10代の半ばに出会ったのよ?
もう20年以上前の懐かしい話。あの頃は、夜中に人目を避けて、こっそり会ったっけ。たった数日会えなかっただけで、貴方は、それは激しくあたしを求めたわ。ふふっ。貴方、夢中だったわよね?
大人達に見つかって、引き離されても――隠れて一緒の時間を重ねてきたじゃない。
彼は、あたしに触れたまま俯いた。そして、夜景の見えるベランダへと誘った。
……この景色も見飽きたわね。
貴方に新しい女が出来る度、あたしは部屋から追い出された。ベランダで隠れて口づけたり、近所の公園で短い時間を過ごしたっけ。
あたしの囁きに、彼は益々渋い表情になり、あたしを連れて部屋を出た。
マンションの駐車場で主を待っていた、車高を低くした黒いセダンに乗り込む。あたしを助手席に乗せると、彼は乱暴にドアを閉め、エンジンをかけた。
それにしても、この芳香剤は、好きになれないわ。わざとらしい柑橘の香り。せっかくのスタイリッシュな愛車が、一気に安っぽいファミリーカーに見えてしまって幻滅するのよねぇ。
貴方は、車内にあたしの痕跡を残すまいと必死みたいだけれど――ふふ、教えてあげましょうか?
奥さん、あたしの存在に気づいているわよ。
その瞬間、彼のスマホが着信を告げた。急いでコンビニの駐車場に停めて、新着メールを確認し出す。
彼の手元をチラリと覗く。画面には奥さんからのメッセージが踊っている。
『隠し事はしないって、約束したよね。あなたを信じたいと思っているの。私を裏切らないで』
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