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小さな水の流れが幾つも出来て、外の景色を滲ませる。彼は微動だにせず、ジッと正面を向いたままだ。
貴方が悲しい時、苛立った時、嬉しい時――あたしは、いつも側にいたわよね。
そんなあたしと、今更、離れられると言うの?
「……お前には、感謝しているよ」
感情を抑えた低い声。助手席のあたしが視界に入らないように、雨の車窓を見据えている。
感謝? ――ふふっ。笑わせないで。そんな言葉で納得する訳ないじゃない。
貴方――あたしと別れようと、これまでも何度か試したわよね。どうだった? ダメだったでしょ? 辛くて、苦しくて、あたしの元に戻ってきたでしょう?
別れることなんて、無理なのよ。貴方の心にも身体にも、あたしは深く深く刻み込まれているんだから。
「分かってる! お前に言われ無くたって、分かってんだよ!」
苛立ちが迸る。別れへの葛藤? いいえ、違うわ。あたしに触れたくて堪らないくせに、痩せ我慢しているせいだわねぇ……。
ね、これまでだって、奥さんに内緒で会ってきたでしょ。大丈夫、上手くやれるわ……。あたし、もう少し香りを抑えることも出来るのよ?
ねぇ……あたし、こんなに近くにいるの。指先を伸ばせば、すぐじゃない。
貴方の唇が、恋しいわ。
殺し文句を囁いた時――駐車場に軽ワゴン車が入って来て、あたし達の車の横を通り抜けると、コンビニに一番近い場所で止まった。
糸のような細かい雨が降り続いている。
ワゴン車のドアがスライドすると、幼い女の子を抱いた女性が店の軒先に駆け込んだ。続いて運転席から父親らしき男性が降りてきて、3人で仲良くコンビニ店内に消えた。
滲むフロントガラス越しの情景を、彼は険しい表情で眺めている。沈黙が重い。
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