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コンコンと、書斎のドアをノックされた。
「葉児、ちょっといい?」
かあさんが重たいドアを開けて入ってくる。
「なに?」
「ちょっとね。あしたの仕込みが早く終わったから。たまにはあなたと話がしたくて」
コーヒーの入ったマグカップがひとつ、つくえの上に置かれた。
かあさんは、自分のマグカップを抱えて、ゆりイスに腰をおろした。
「あのね、葉児。高校を出たら、本当に、花田の大学に行きたい?」
「え? ああ」
数駅先にある大学だ。国立、プラス近いので、金銭面で親に負担をかけないですむ。
「あなた、わたしに気をつかって、大学を決めてない?」
オレは、ブラックコーヒーから、顔をあげた。
かあさんはひとりで、自宅カフェ「つむじ風」を経営している。昼間は接客。朝はカフェに出すケーキづくり。夜は仕込みや売り上げ計算や。かあさんの睡眠時間は何時間だろうと考えると、恐ろしくなる。
「親に気をつかってくれるのは、うれしいけど。あなたは本当にそこでいいの? 花田は田舎だから、たしかに近場で通える大学は少ないけど。全国に目を向ければ、たくさん大学があるのよ」
「いや……そこの大学だって、オレの頭で入るには、ハードル高いし。けど、そこに行けば、教員免許が取れるだろ?」
「葉児は、先生になりたいの?」
「……え? ……まぁ」
オレは後ろ頭をなでた。
「小学校か中学の教師になりたい」と決めたのはいつだったか。
理由は……?
――結婚したら、あたし、ヨウちゃんちのカフェ、手伝いたい。ヨウちゃんは~、運動神経いいし、体育教師なんてどう? 花田中学の……――
……綾に言われたから……。
ドキッとした。
あれ……?
オレって、そんな単純な理由で、自分の進路を考えていたのか……?
「葉児。一生の問題よ。ほかにやってみたいことはないの? 少し時間をつかって、考えてみなさい」
かあさんは、コーヒーをゆっくりと口にふくんだ。
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