人生の真夜中

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人生の真夜中

 月が照らす中、セミがミンミンと鳴き続けていた。やかましくて、イライラして、男は八つ当たり気味に一本の電柱を蹴る。それでもセミは鳴き続けていて、無性に苛立ち、声をあげながら髪の毛を掻き混ぜた。  三十過ぎの男だった。よれよれのシャツに、無精髭。頬が赤くなっていて少しふらついていることから、酔っ払っていることが窺える。声を出し終わると、男は虚ろな瞳でけっ、と唾を吐き、再び歩き始めた。  ゆっくりと、おぼつかない足取りで道の端を進む。時折足を止めながら、だけど口はずっと動かし続けていた。――あのクソ上司。今度会ったら絶対殺す。泣き叫んでも止めてやるもんか。俺をクビにしたこと後悔させてやる。会社にも脅迫状を送りつけて……。そう考え、男はケタケタと(わら)った。上司も、会社も、こんなことを許す社会も、全部滅んでしまえばいい。  男はつい数時間前、会社を解雇されたばかりだった。帰り際、書類を一枚ぺいっと渡され、それで終了。ふざけんじゃねぇ、と男は上司に反抗したが、もう決まったことだからと無理矢理追い出された。それからヤケになって居酒屋で酒をたらふく飲み、今は家へと向かっていた。  ぶつぶつと呪詛のように罵詈雑言を呟きながら、男はマンションに入っていった。エレベーターは何となく嫌で、階段で三階までよろよろと上がる。部屋の前に着くとポケットから鍵を取り出し、苦労して鍵を開けた。  部屋の中は明るく、涼しかった。クーラーの冷気が全身にまとわりつき、男は顔を顰める。無職になって金がないってのに……。  ポイッと靴を脱ぎ捨て、中に上がる。迎えはない。アナウンサーがニュースを読みあげる声がした。――金を稼いでいる俺があんなに大変なのに、あいつは……。そう思い、苛立ちまぎれに大きな足音を立てながら、リビング兼ダイニングへと向かった。
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